囈語 divagations

ひとりごとは、空気のなかに消えてしまって二度と取りもどせない

参加することだけに意義をもたせてくれ

この夏はややまとまったおしごとにかかりっきりであった。しらないうちにいつのまにかオリンピックもおわっていた。

ぼくは自宅ではテレビをみないけど、ひるめしをとりにはいった食堂とか仕事先のロビーとかお盆におじゃました親戚のうちとか、とにかく油断するとテレビがついていてオリンピック中継をやっているから、いやでもちょっとはみてしまうのであった。

ともあれ、ぼくはもともとそんなに熱心なスポーツ観戦者ではないので、ルールもよくしらないし、オリンピックとかいってもついちゃかしたくなってしまうのである。

たとえば、柔道もいまや世界中でさかんらしいけど、みんなかならずあの柔道着をきてやらなければいけない、というのがぼくなんかには理不尽に見えてしまうのである。ようするに服をつかんで投げられるように、っていうんでしょう? だったら着てなければ投げられなくてすむのに。だめなの? なんだか合理的でなくてもどかしいのである。

あとさ、いまでも競走と幅跳びにおなじ選手がでたりしてるのだから、もういっそのことだれがどの競技にでてもいいようにすればいいのに。野球で、だいじなスクイズの場面では短距離走の選手を代走にするとかさ。サッカーのPK戦のときだけゴールのまえには柔道とかレスリングとか重量あげとか、超ヘビー級の選手ばかりを立たせるとか。

ところで、オリンピックにかぎらずスポーツはなんでもみていておもうのだが、やってる本人はたのしいならそれはよいけど、日本がいくつメダルをとりました! とか、べつにどうでもいいじゃないですか。ああいうので、べつに関係者でもないひとが一喜一憂する感覚は、ちょっとよくわからない。高校野球もそうだね。もし選手がぜんいん同級生、とかだったら、そりゃちょっとは応援しようかというきにもなるかもしれないけど、ただおなじ県の出身だからとか、れいせいにかんがえたらそんなのどっちでもよくないですか。だれがメダルをとろうがどこが決勝に進出しようが、ぼくはべつにかんけいないしきょうみもない。スポーツマンのプレイに 「すげえなあ」 と興奮できればよいので、おかねをかけているわけでもないのにあれだけ勝ち負けにこだわれる、ということにぎゃくに感心する。

でも、ボルトとか北島はやっぱりすごいね。なにしろ現時点での人類最速だよ。体操とか柔道とか審判がつくような競技は、しょうじきいってみていてもどうも勝ち負けがわからないのだが、ああやってたんじゅんに 「速い」 ということで勝負がつく競技はわかりやすくてよい。スポーツとは、そんなふうにやるほうもみるほうもすべからくシンプルであるべきである。国の威信とか、利権団体の足のひっぱりあいとか、どんな競技にもいろいろあるのかもしれないけど、そんな気持ちわるいことはよそでやってほしいのである。
  1. 2008/09/02(火) 13:04:24|
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