まだぼくがちいさなこどもだったころのある日、うちの天井に、むらさき色っぽい染みができたことがあった。わるいことに、そのころはちょうど秋で、ときどきおやつにぶどうがでる季節であった。両親とも、ぼくが、いたずらはんぶんにぶどうの皮をほうりなげてあそんで、天井に染みをつくってしまったのだとしんじた。母親が、しんこくな顔をしてぼくをすわらせて、「ね、怒らないから、ほんとのこと言って。ぶどうの皮であそんだって言って。そしたら怒らないから」 と、しまいには懇願するようにいった。もちろんぼくの身におぼえはなかった。むきになって 「してない」 とくりかえすしかなかった。
けっきょく、業者のひとにみてもらったら、ただの雨漏りだということがわかったのですがね。よほどぼくはふだんからおちつきのないこどもだったのであろう。こどもなんてほうっておけばなにをするかわからないものだから、親がうたがいたくなるのもむりはないが、やはりちょっとはらがたった。「あんたの息子を信じなさい、ほれ信じなさい」 ってうたにもあるじゃないか。そのあと親はちゃんと謝ってくれたし、いまでは笑い話ですけれど。
ところではなしはかわるけれど、マウスパッドがいいかげんよごれてきたので、あたらしいのにかえたのです。そうしてしばらくつかっていたのだが、どうにも、マウスのはんのうがわるい。いくらぐりぐりうごかしても、おもいどおりにポインタがうごかない。あれってそうとうストレスがたまりますよね。いそぎの文章をうっているときなど、つい癇癪をおこしてしまいそうになった。うっかりまちがったボタンをクリックしてしまったりして、ひじょうにふべんであった。
なんだこのマウスパッドは。まともにマウスがうごかないなら不良品じゃないか。ああ買ってそんした、といきどおっていたのだったが、このあいだパソコンまわりをそうじしたときに、ふと、マウスのうらのボールがはいっているところをあけてみた。
そうしたら、おおなんということだ、そのなかにはこまかいほこりがぎっしりとはいりこんでいて、ボールとの接触部分をふさいでいたのだった。マウスのはんのうがわるいのはそのせいだったのだ。マウスをかってからいちどもあけていなかったから、ながいあいだにすこしずつほこりが堆積していったのだろう。マウスパッドすまなかった。きみのせいじゃなかった。ごめん。
ということで、ひとを予断でうたがうのはよくないことです。きをつけないと。あと、マウスのなかをそうじしたことがないひとは、いちどふたをあけてみるとよいです。ほこりをとったら、おもわずわらってしまうくらいはんのうがよくなりましたよ。
- 2007/10/19(金) 11:45:18|
- 雑感
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東京から実家に帰省するとき、はやく着きたいときには新幹線に乗るけれど、それほどいそいでいないときには長距離バスをつかうことがある。時間は新幹線の2倍以上かかるけれど、どうせずうっとすわっているだけだし、ねだんは新幹線の半額以下なので、時間によゆうのあるときには重宝なものです。
それで、このあいだの9月にも長距離バスをりようしたのです。ひまつぶしの雑誌や本もよういして、準備はばんたんであった。あとはすわって乗っていればよいはずであった。
ところが、長距離バスって全席指定席なのですが、ぼくのとなりにすわったひとが、ちょっとおどろいてしまうほど体格のよい、というか、ありていにいえばひじょうにふとったひとだったのであった。
なにしろバスであるから座席の幅はかなりせまい。ふつうの大人でも、ふたりならんですわるとけっこう窮屈なものなのだが、そのときのおとなりさんは、もうもじどおりヘビー級なひとで、からだのはんぶんくらいが、よこの席 (つまりぼくの席) のほうにはみだしてしまうくらいであった。
そのひとだってべつにすきでふとっているわけではないのだろうしせまいのはおたがいさまだよ、というかもしれないけど、ちょっとそういうもんだいではないレベルなのであった。とてもじゃないけど、まっすぐくつろいですわるなんてまったく不可能で、しょうがないのでぼくは背もたれをめいっぱいうしろにリクライニングさせて、こちらの空間に侵蝕しているおとなりさんのりっぱなからだとぼくの背もたれのあいだにできたささやかなすきまにちいさくなって、4時間あまりからだをねじったむりな姿勢でがまんするしかなかった。すいているときだったらほかの座席にうつれたかもしれないけど、そのときは席がぜんぶうまっていて、それもできなかった。そのあと2、3日、腰がいたかった。
べつに、他人の体格をあげつらってどうこういうつもりはまったくないです。そのときのおとなりさんは、おだやかそうな、かんじのよいひとだったし。でも、物理的に、現実的に、1.5 人分の座席を占有していることは事実なのである。
相撲取りのひとは、飛行機にのるときにはひとりでふたり分の席をかわなければならないらしいのだが、長距離バスでも、たとえばいくつかちょっとおおきめの席をよういしておいて、肩はば何センチ以上のひとや赤ちゃんづれのひとはそちらの席、とか、そういうふうにしたら、おたがい快適になるだろうにな、と、アクロバティックな姿勢をたもちながら、そのときおもったものでした。
- 2007/10/17(水) 00:17:57|
- 雑感
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うちの近所のスーパーマーケットは、ちかごろの流行のごたぶんにもれず、ごみの分別とかリサイクル活動とかに熱心だ。いりぐちのまえにはプラスティックのトレイの回収ボックスがあったり、買い物ぶくろを持参したひとにはちょっとした特典があったり、燃やしてもダイオキシンのでないオリジナルのラップを販売したり、いろいろくふうしている。たいへんけっこうなことです。ぼくだって、そんなに朝から晩までエコロジストではないですけれど、ごみの分別くらいはきちんとしております。
しかし、そのいっぽうで、たとえばお刺身のパックをかうと、そこにはもれなくどっさりと大根の千切りがはいっていたりするのですが、あの千切り大根、どのくらいのひとがたべているのだろう。こういってはなんだが、板前さんがめのまえで切ってくれた大根ならともかく、スーパーで何時間もほうっておかれた千切り大根は、ぼくはたべないです。お刺身だけたべて大根はのこすことがおおいのではないでしょうか。ひつぜんてきに、もえないごみともえるごみのりょうほうがのこる。
ほかにも、お惣菜にぺらっといちまいだけはいっているレタスやみどりいろのビニルの葉っぱみたいなの、それがはいっているから買う、はいっていなければ売れない、とか、それほどうりあげに反映するものだろうか。
いそがしかったり余裕がないときは、どうしても、ごみすてとかおっくうになってしまうこともあるもので、そういうときに、お刺身とか弁当のトレイだけならさっとあらえばよいけれど、トレイそのもののほかにこまごまとあらったり分別しなければいけないものがあると、ええ面倒くさい、もうそのまますててしまえ、というきぶんになることが、しょうじきいって、ないではない。たしかにほんのちょっとの手間なのだけれど、そのほんのちょっとの手間が、けっこうな負担になるときってあります。
ごみを分別したり、たしかにたいせつだろうとぼくもおもう。なにもかもごっちゃにすててあとはしらないよ、というのはもちろん論外だ。ごみの収集のひともたいへんだろうし。でも、これはなんだかこどもの屁理屈みたいできがひけるのだけれど、売るほうも、もうすこし分別しやすいかたちで売ってくれたら、いまはてきとうにすてているひとでもすてるまえにちょっとおもいなおしたりして、さらにリサイクルの効率がすすむのではないかな、と、すこしおもう。大根なんてたべたいひとだけもってかえられるようにしておけばよいのだ。
- 2007/10/11(木) 22:21:47|
- 雑感
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ご存命のえらいひとをあげろといわれたら、ぼくのリストには、かならず水木しげる先生がはいる、というか、いれさせていただきたいのです。お会いしたことはないけれども、ぼくのなかでもんくなく先生である。ここでぼくがいくらことばをかさねてもたりるはずがないから、あえてそのりゆうはくわしくはかかない。
ことしの春くらいから、水木先生の 「ゲゲゲの鬼太郎」 が、またアニメ化されているそうですね。漫画の 「鬼太郎」 がはじめて描かれたのが 1960 年代のはじめ、最初にアニメ化されたのが 1968 年 (もちろん黒白) で、それから5回にわたってアニメ化されている。これだけの期間リメイクをくりかえした漫画はほかにない。
「鬼太郎」 の漫画のないようについても、いろいろ書きたいことはあるのだけれど、まだまだよんでいないはなしもたくさんあるので、とりあえず、テレビアニメの 「オープニング」 のことだけいうと。
たぶん日本のおおくのひとがしっている、あの、「ゲッ、ゲッ、ゲゲゲのゲ」 のあのうたは、水木先生が作詞したものだ。ようくきいていると、しみじみすごいうたですよ。
「あさは寝床でグーグーグー。たのしいな。たのしいな。おばけにゃ学校も、試験もなんにもない」
かこうとおもってもなかなかかけない歌詞である。しかも初代アニメでこのうたをうたった熊倉一雄さん (ヒッチコックの吹き替えや 「名探偵ポアロ」 などの名声優である) の、「たのしいな、たのしいな」 というフレーズが、歌詞とはうらはらにまったくたのしそうでないところがよいです。海のむこうの大英帝國で 「パンク」 なるものが流行しはじめるには、1976 年のセックス・ピストルズの出現をまたなければならなかったのだそうですが、それよりも 10 年ちかくまえに、水木先生は、すごくふつうに、こともなくそれをじつげんしていたのであった。
日本国の国歌があれこれ議論されておりますが、作家の村上春樹さんが、じゃあ 「上を向いて歩こう」 を日本の準国歌にしたら、みたいな意見をだされていて、ぼくも、それはいい、とひそかに賛同するものですが、さらに、「裏国歌」 として、この 「ゲゲゲの歌」 がもしあったら、よいとぼくはおもうのです。もちろん正式な行事とかで斉唱されることはないかもしれないけど、「お化けにゃ学校も……試験も何にもない!」 ……って、裏路地とか自分のへやでうたうくらい、たまには。
(まえに読んだインタヴューより再現)
雑誌の記者:「"ぬりかべ" って妖怪はどうやっておもいついたんですか?」
水木先生:「あ、あれね、ぼく見たことあるんですよ、戦争中、ニューギニアでね。でかかった」
こういうスケールのおおきいおじさんがぼくはすきです。
- 2007/10/05(金) 18:00:24|
- 漫画
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