古代ギリシアにアルキメデスというおじさんがいたのだそうです。えらい数学者としてゆうめいだったので、あるとき王さまが、じぶんの王冠は純金製だとつくった家来がいっていたけど、じつは純金じゃないんじゃないか、なにか混ぜて経費横領してるんじゃないか (そういうのいまでもよくありますね)、どうもあやしいのでしらべてほしいとアルキメデスさんにたのんだ。
アルキメデスさんも超能力者ではないので、それが純金かどうか、みただけではわからない。みためはぴかぴかしているし金にしかみえない。溶かしてしらべればわかるかもしれないが、なにしろ王冠なのでちょっとそういうわけにもいかない。
あれこれかんがえているうち、だんだん気がめいってきたので、ちょっとさっぱりしようとしておふろにはいった。おふろには湯舟すれすれまでお湯がはいっていて、アルキメデスさんはそこにざぶんとからだをひたした。おお極楽。
ふろのお湯は、とうぜんのことながらアルキメデスさんがはいったからだのぶんだけ湯舟のそとにあふれでた。そこでアルキメデスさんはひらめいた。 金もほかの金属も、ある一定の重さあたりの体積というのはきまっている。王冠とおなじおもさの金のかたまりを水にいれて、ぴったりおなじだけ水のかさが増せば、それは純金ということだ。なにかほかの金属がまじっていたら、ぴったりおなじにはならないはずだ。
そこでアルキメデスさんは、「エウレカ!」 (「わかった!」 といういみのギリシア語) とさけんですっぱだかでお城まではしっていったという伝説があります。ほんとにそんなことしたのかどうかはわからない。だれかがつくったねたかもしれない。「ユリイカ」 という雑誌がありますが、それはこのエウレカの英語よみです。とにかく、実験のけっか、あんのじょう王冠は純金ではなかったので、つくった家来は死刑になったのだそうです。
さて、アルキメデスさんにくらべるといかにもみみっちいはなしで恐縮ですが、ぼくもさいきんおふろで発見したことがある。
この季節になると、夜はちょっと肌寒いので、おふろにお湯を張るかどうか、まようところでありますね。ぼくはおふろにはいるのけっこう面倒くさいほうなので、シャワーですませてもいいんだけど、あのシャワーというのはいかにも湯水のようにお湯をだしっぱなしにしているみたいで、ちょっと水道代がもったいないようにもおもえる。しかしほんとにそうなのか。おふろにお湯を張るのとシャワーを出しっぱなしで浴びるのでは、どちらがたくさんの水を消費しているか。
そこで、おふろに栓をしたまま、湯舟のなかでシャワーをだしっぱなしにして浴びてみたのです。そうしたら、からだと髪をあらって、歯をみがいて、そのほかいろいろやっても、まだお湯は湯舟にいっぱいにはならなかった。つまり、ずっとシャワーをだしっぱなしにするより、湯舟にお湯をいれてはいるほうが、よりたくさんの水を消費しているのだ。エウレカ!
というわけで、シャワー派のみなさん。ごあんしんください。でもそれはぼくがひとりぐらしだからであって、家族がいればはなしはべつなのだろうけど。
ところで、アルキメデスさんは、じぶんの国が戦争でローマ軍に占領されたとき、道ばたに図形をかいて数学の計算をしていたそうです。かれがりっぱな学者だというのはローマにもしられていたので、アルキメデスは殺すなという命令がでていた。だからだまっていれば生き延びたのかもしれないのだけど、無知なローマの兵隊がアルキメデスさんの、もうすぐ解けそうな数学の問題を土足で踏んづけてしまったので、「おれの図形を消すな!」 といって兵隊につっかかっていって、そこでころされてしまったのだそうです。ざんねんなことです。
ぼくなんか、パソコンがなんにもしてないのにとつぜんフリーズしてしまってそれまでかいていた文書がきえてしまったりしたことがなんどかありますが、そのたびに粛々といちからかきなおしております。「おれの文章を消すな!」 とか、ビル・ゲイツさんあたりにいってみようかな。べつにたいしたことかいてるわけじゃないんですが。
- 2006/10/26(木) 22:49:26|
- 雑学
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いちにちのいろいろがおわって、つぎのひはひさしぶりになんにもしごとのない休日で、ここはひとつさわやかにキューバ・リブレでものもうかとラムとコーラをかってかえった。キューバ・リブレってようするにラム酒とコーラをまぜたカクテルです。スペイン語で 「自由キューバ」 といういみで、たぶんキューバ独立運動となにかかんけいがあるのだろうが、なんでこのカクテルのなまえになったのかはしらない。ほんとうはライムをいれるとおいしいのだけど、めんどうなので抜き。
それでまあ、はじめは音楽なんかかけてゆったりのんでいたのだが、そのうちまたいつもどおりの鯨飲コースに突入してしまい、きづいたら 200ml のラム酒と 1500ml のコーラをほとんどぜんぶのんでしまっていた。
おやおやずいぶんのんだものだ、とわれながらかんしんしながら、しかしラム酒って 40% もあってけっこうつよいおさけなので、はたしていまじぶんはどれくらい酔っぱらっているものか、客観的な数値をもとめたくなった (そんなことかんがえているじてんでけっこう酔っぱらっているのでしょうね)。
それで、ごらんの画像がそのなみだぐましい計算のけっかなのですが、40% のラム酒 200ml を 1500ml のコーラに混ぜると、1700ml のキューバ・リブレのアルコール度数は 4.7% であることがわかった。計算のとくいなひとはそれくらい暗算でぱっとだしてしまうのだろうが、酔っぱらってるとはいえこうやって紙にかかないとわからないところがなんともなさけない。
それにしても、4.7% といえばビールよりちょっとよわいくらいだ。それで 1700ml ということは、缶ビールにすると4本半くらいか。なんだ、いがいとたいしたことないな、なんてちょっとあんしんしてしまうのが酒のみのよくないところである。コーラ 1500ml って、いくらなんでも糖分とりすぎだよなあ。つぎからはダイエット・コークにしよう。
ところで、この計算ほんとにあっているのかな。
- 2006/10/22(日) 01:10:53|
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かなりまえのことになるが、ドラッグストアで台所用の洗剤をさがしていたときのこと、とくにめあての銘柄なんてものもなく、ぼんやりと洗剤コーナを物色していたのであったが、そのうちの商品名のひとつに、なにか、こころのかたすみにひっかかるものがあって、二、三歩もどってもういちどみてみた。
「洗剤意識」
とかいてあった。洗剤意識、せんざいいしき……、あっ、「潜在意識」 の駄洒落なのか! とわかるまでに1秒くらいかかった。けだし、ユーザの潜在意識にうったえる名コピーといえよう。すくなくともぼくの足をとめるだけの効果はあったのだ。かわなかったけど。
うちわったはなし、食器洗いの洗剤なんて、どれをかってもなかみはそれほど大差ないとおもわれるので、あとは宣伝のうでのみせどころである。これがたとえばテレビとか冷蔵庫とか、その性能や機能が数値やみためではっきりわかるものなら、アルファベットと数字の順列組み合わせみたいな無愛想なネーミングでもよい。ほかの商品と識別できればよいのだから。
そのてん、「どれをかっても大差ない」 商品の宣伝はたいへんであろう。コピーライタとか広告代理店のひとのくろうがしのばれる。とくにたいへんなのが 「くすり」 の宣伝だそうです。そもそも、いっぱんのひとが薬局で処方箋なしにかえるのは、はっきりいってきやすめになればよいていどのよわいくすりばかりである (法律でそうきまっている)。だからこそぎゃくに、このくすりはほかとちがってよくききますというイメージをユーザにうえつけなければならないのだが、たとえば風邪ぐすりを 「あっというまに風邪がなおります」 といってはいけない。それだと誇大広告になってしまう。だってなおらないかもしれないからね。あくまで 「風邪の諸症状を緩和する」 というひょうげんになっているはずだ。なんとなく、こっちのほうが詐欺っぽいきもしないでもないけど。
ほかにも、医薬品の宣伝というのはいろいろと制約があってたいへんなのだ。薬局にいくといろんな種類の栄養ドリンクがうられている。どれもにたようなものじゃないかとおもうし、じっさい一本やそこらでは栄養的にそんな劇的なちがいはないのである。しかしラベルをよくみると、商品によって、「医薬部外品」 と 「医薬品」 とふたとおりにわかれていることがわかる。
医薬品は、ようするにこれはくすりですよ、ちゃんと使用法をまもらないとえらいことになりますよ、ということだから、あまりはでに宣伝できないのです。「リポビタンD」 の宣伝では、おなじみファイト一発のおにいさんがごくごくラッパのみをしているけど、それはリポビタンDが医薬部外品だからだ。おなじような栄養ドリンクでも、医薬品の 「ユンケル黄帝液」 をタモリがごくごくいっき飲みをしているような広告はつくれない。これをテレビでやっちゃうと、「薬物濫用を助長するおそれがある」 からです。
それから、テレビで医薬品のせんでんをするときには、かならずさいごに 「ピンポン」 とアラームをならして 「きめられた使用量をまもってください」 とかいろいろ注意書きをかかなければいけない。さいきんではチャイム音のかわりに、タレントのひとが声で 「ピンポーン」 なんていっているのもあっていろいろくふうをこらしているけれど、とにかくそういうきまりである。でもなにしろコマーシャル一本のじかんはきまっていてみじかいから、注意書きがでるのなんてほとんど一瞬である。あれでぜんぶ内容をよみとれたらすごい。イチロー選手なみの視力である。
くすりのネーミングもたいへんですね。風邪薬なんて、あまりにたくさんありすぎて、しかもどれも 「パブロン」 だの 「カコナール」 だの、いみがあるのかないのかよくわからないなぞのなまえばかりだから、どれがどれだかわからなくなりそうだ。いや、だからこそくすりは薬局でしかうってはいけなくて、買うときには専門の薬剤師のひととよく相談するように、ということなのだが、マツモトキヨシとかそのへんのドラッグストアで、風邪薬の効能のせつめいをいちいち薬剤師にきいて買うひとなんてあまりいないとおもう。
ところで、虫さされの 「ムヒ」 は、「無比」 のいみなのだそうです。「比べるものがないほどすぐれた効き目の商品という意味を込めてつけられた名前」 だと、
池田模範堂のサイトにかいてある。なるほど、わかりやすくてよろしい。
くすりのネーミングで凝ったものには、睡眠薬の 「ハルシオン」 Halcion がある。これは医者の処方箋がないと買えないけど、睡眠薬としてはよわいほうのくすりです。それはともかく、ハルシオンとは鳥の 「かわせみ」 のことだ (ただし、なにか権利上のもんだいでもあったのか、くすりのつづりはかわせみのつづり halcyon とちょっとかえてあるけど)。ではなぜかわせみが睡眠薬のなまえになったかというと、これはギリシア神話にでてくる風の神の娘ハルキュオネー (英語よみでハルシオン) からきている。
ハルキュオネーの夫婦はすごく仲がよかったのだが、それがほかの神々の嫉妬をかってだんながころされてしまう。あわれにおもったゼウスがふたりを 「かわせみ」 にかえてあげて、さらにハルキュオネーの父親、風の神アイオロスが、その二羽のかわせみが真冬の間でもあんしんして卵をうめるように、巣作りの7日間だけは風をとめるようにした。だから冬至のころにちょっとあったかいおだやかな日がつづくと、ああ、いまハルオキュネーたちが巣をつくっているんだね、というおはなしです。よいはなしですね。
それで、おだやかにあんしんしてねむれる、といういみで、睡眠薬に 「ハルシオン」 というなまえをつけたのだろう。このくすりのトレード・マークは
すやすやねむっているかわせみさんです。そういうくすりなのだから、いたずらにつかっちゃだめだよ。
追記:いくら薬局でうられているくすりがよわいものばかりだからといって、べらぼうにのみすぎれば危険なことにはかわりないので、用量はきちんと守ろう。
- 2006/10/17(火) 14:08:15|
- 雑学
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ぼくはそんなにねっしんな野球のファンというわけではない。ルールはいちおうしっているけれど、いままで野球場に試合をみにいったこともないし、とくにひいきのチームがあるというわけでもない。ようするに、あまりきょうみがない。
きょう、中日ドラゴンズがあと一試合かてばセントラル・リーグの優勝だということはしっていた。ぼくは名古屋という街がすきなので、まあ、ほかの球団が優勝するというよりは、すこしは興味がわく。よる、かえってきてネットの新聞をよんだら、まだ試合はおわっていなくて、10回の裏、巨人の攻撃で、3対3の同点だという。
そこで、ふだんはまずそんなことはしないのだけど、おしごとはそこでやめにして、缶ビール片手にケーブルテレビで野球観戦をすることにした。ぼくの野球にたいする熱意なんてしょせんそのていどのものだ。
そうして、結果はみなさんのごぞんじのとおり、延長12回の表にみごとなタイムリーと満塁ホームランを撃ちこんで、もんくなくドラゴンズの勝利におわったのでありました。
ぼくがしっている中日ドラゴンズは、なんといってもこどものころからの星野仙一監督の存在感があまりにもおおきいので、落合さんもそれはものすごい野球選手なのはわかっているけど、なんとなく、違和感がないわけではない。でも、うれしそうでよかった。
まあ、そんなことは試合をはじめからみてもいないぼくがあれこれいってもしょうがないのでよいのですが、ところで。その試合は読売ジャイアンツの東京ドームでおこなわれたようだが、試合がおわって、中日の選手たちが胴上げしたりとかよろこびうかれているとき、巨人の選手が、ぶすーっと、笑顔ひとつみせないのが、なんだかきになったのです。
球場の壁の電光掲示板にも、「今年も巨人軍を応援してくれてありがとう」 みたいなことがでていたけれど、「ドラゴンズ優勝おめでとう」 みたいなことは、ぼくがみたかぎりでは、でていないようであった (じっさいに球場にいってみればそういうのもあったかもしれないけど、すくなくともテレビにはでなかった)。
なにかそういうとりきめがあるのかしらないけど、いくらぼろ負けしたからといって、いまのいままで真剣勝負をしてきたあいてが、それで優勝決定! となったら、それは笑顔と拍手で祝福してみせるのがプロのスポーツ選手の態度なのではないかなあ、と、ちょっとおもった。テレビもそういう選手の態度をこそ映すべきではないかとおもった。それは、勝った負けたで給料とかボーナスとかいろいろおもうところはあるのだろうけど、それはそれとしてね。
とりあえず、数年ぶり、1時間くらいの野球観戦でしたが、たのしかったです。ドラゴンズ優勝おめでとう。
- 2006/10/10(火) 23:20:08|
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「オカルト映画」 と 「カルト映画」 のちがい、わかりますか。
そんなの一目瞭然じゃないか、というひとは、このさきはよまないでいいです。すごくあたりまえのことがかいてあるだけだから。
でも、このあいだ、文学部で文芸批評を勉強しているという大学生の男の子とはなしていて、「オカルト」 と 「カルト」 をまったくおなじものだとおもっていたのをしりまして、これはちょっとまずいんじゃないかとおもった。いわく、「カルト」 に 「お」 をつけてていねいないいかたにしたのが 「オカルト」 なのだそうだ。かなり名のある大学の文学部の学生ですよ。百科事典をひいたことがないのか。それでふだんは 「フーコーが」 だの 「ドゥルーズは」 だのいっているのかとおもうとおそろしい。
「オカルト」 は、ラテン語で 「隠された」 といういみで、まっとうな文明とか科学とかだけではわからない神秘的な現象や知識を研究すること。それはなにしろ隠されているのだから、ふつうのひとはちょっとやそっとでは理解することができない。たとえば 「天文学」 はまっとうな科学だ。むずかしいけど、だれでも理解できるようにできている。それにたいして 「占星術」 はオカルトである。その原理は隠されていて、だれでも知ることができるというものではないから。「化学」 が開かれている表の学問だとすれば、かぎられたひとにしかつたえられない秘密の学問である 「錬金術」 はオカルトだ。病気を医学でなおそうとするのが現代の文明だけど、「気のながれが」 とかいいだしたらそれはオカルトといえるだろう (「気」 はほんとうにあるのかもしれないし、それで病気がなおったりすることもあるのかもしれないけど、はっきりその存在を測定できなくてだれにでも合理的なせつめいがつくものではないからオカルトなのである。べつに 「気」 がありえないとかわるいとかいっているわけではない)。
「オカルト映画」 といういいかたがいつからあるのかしらないけど、おそらくゆうめいになったのは 1973年の
「エクソシスト」 からではないかとおもう。女の子に悪魔がとりついて神父さんが悪魔祓いをするという映画だけど、悪魔憑きになってすっかりかわってしまった娘を、母親はさいしょは病気かとおもって医者につれていく (だれでもそうするとおもう)。でも医者とか科学者がさまざまな検査をしてもどうしても原因がわからない。じぶんは悪魔だといっている。これはもう、医学や科学のちからではどうにもならない、っていうので、教会のえらい神父さまがよばれてくるわけです。ほら、オカルトでしょう。
それにたいして 「カルト」 というのは 「崇拝」 といういみで、もともとは、たんに宗教の団体とか儀式とかのことをさすことばだった。そこからいみがひろがって、なにかを熱烈に崇拝することとかそういう集団のことを 「カルト」 というようになった。英語の新聞をよんでると、たまに 「ビートルズ・カルト」 なんていいかたがでてくるけど、べつに宗教でなくても、なにかのすげえマニア的なファンのひとたちのことをこういうことがある。だから 「カルト映画」 は、そんなに大ヒットしたわけではないけど、一部のマニアっぽいひとからはすごく支持をうけている映画といういみ。宗教とか悪魔とかはここではかんけいない。
だけど、あんまり熱狂的な信者のひとって、よそからみると気持ちわるがられることがおおいから、「カルト」 ということばにもあまりよくないイメージがつくことがおおくなった。欧米では正統派のカトリックとかプロテスタント以外の新興宗教みたいなのをカルトとよぶようになって、そういうのがまた集団自殺とかテロとかはじめるものだから、よけいに、もともとはそうではなかったのに、「カルト」 というと 「なにをやってるのかよくわからないあやしい宗教団体」 みたいないみになってしまった。
で、そういう 「カルト」 の宗教って、しばしばよくわからないなぞのお祈りをしたりとか、星の動きがどうだとか、アルマゲドンを予言したりとか、そういう 「オカルト」 的な発言をしがちなので、両者はよけいに混同されがちなようだ。ほとんどごっちゃになっているけど、いみはちがうのだからね。なかにはオカルトのまったくないカルトだってあるだろうし、カルトとは関係ないたんなるオカルトずきのひともいるだろう。
こうしてみると、「オカルト映画」 と 「カルト映画」 ってぜんぜんべつのことばだということがわかるでしょう。もちろん、「オカルト映画」 で、なおかつ 「カルト映画」 っていうのもあるけどね。
「サスペリア」 とか。ぼくはすきです。
おまけ:まえにも紹介したけど、「30秒でわかるエクソシスト」。おもしろい。
- 2006/10/09(月) 14:37:13|
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